医療に絶望した僕が、医者を辞めて世界に旅立つ話

健康で文化的な最高の生活を求めて、医者を辞めて無職になりました。ゆるーく世界一周したり、修行したりするブログです。

「休日」は与えられるもの、という考え方

こんにちは、ユキジゾウです。

ジムでフリーウェイトを始めてから約3ヶ月。

上げられる重さが増えていく実感があると楽しいものですね。

そういう成長が数字として裏切らないのはとてもいいことだと思います。

仕事してるときはどれだけ手術が上手になっても、仕事を早く終わらせても、患者さんに丁寧に接しても、給料は増えなかったですからね。

 

「休日」っていただくものなのか?

Facebookなんかを見ていると、夏休みや休暇で旅行に行った写真なんかと一緒に「お休みをいただいて〜ありがとうございました。また明日からバリバリ働きます・・・」みたいなコメントめちゃくちゃ多いです。

 もちろん、みんなそれが権利だと分かってて、その上でコメントを見た職場の人に気分良くなってもらおうと書いているんでしょう。

それでもそういう勤務条件で働いてるんだから、そういうこと言わせる職場ってどうなん?とは思います。

 

「今日は休日なので休みます」という考え方

そういえば今日は休日なので休みます。っていうのは当然なように思えるんだけど、本当は人によって体力とかその時期の調子とか違う。

週に3日働いてしんどい時もあれば、週休0日でオッケーな時もある。

 

人間が狩猟採集生活をしていた時代は、仕事と生活がシームレスに繋がっていたと思うんですよね。食べ物が取れたら、仕事終わり。保存できる分だけ、持って帰る。

産業革命が起きて、工場で一斉に仕事をするようになってからは、みんなが同じ時間で働いたほうがライン工でもなんでも効率良いから、オンとオフが完全に分けられたのでしょう。

 

自分の時間は自分が決める

体調が悪いから今日は休みます

今日は◯◯がしたいので仕事休みます

 

こういう働き方は自分で自分の人生を決めているなと思うんですよね。

若い人が高齢者と体力違うんだから、体力的にしんどいとかは無いのでしょう。

特に若い頃はめちゃくちゃ成長出来るから、どんどん経験とか勉強とかした方がいいと僕は思います。

だけど「労働者を強制的にやらされている結果」では意味がなくて、自分の時間を自分のために使っているかどうかが大切なんじゃないでしょうか。

そういう意味で労働者になっている勤務医は危なかったなと、今は思っています。

 

僕もまだまだ若いと自負しているので、ガンガンいろんな経験や勉強をしてみたいと思います!それでは!